へー、そんなややこしいことが「普通」になってるのか? 「若者」は
(via nakano)
95年に やさしさの精神病理 を読んだときは結構カルチャーショックだった。10年以上経った今思い返してみると、確かに大平の看破した方向に日本人は進んでいるように思う。こんな指摘もある。
Kousyoublogこの「やさしさ」から「自分探し」へと繋がっていく人々の傾向や思いを精神科医の立場から本質的に見抜いていてとても興味深い。(「自分探し」については「Kousyoublog | 「自分探しが止まらない」速水 健朗 著」)しかし、このやさしさの形はさらに変化しつつあるのかもしれないな、というのを先日「Kousyoublog | 「なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? 」岸本 裕紀子 著」を読んで思った。行き過ぎたウォームな関係性としての「予防的やさしさ」から上記の「半径1m以内」世代は脱却しつつあるかもしれない。それはホット→ ウォームと来てクールな関係性。そもそも広い範囲の関係性を持たず、自己内で完結させ、孤立を選ぶ人たちが徐々に増えていくのではないだろうか。そして、そういう関係性の解体は近代社会の自然な流れかもしれないなと思う。そのサイクルの果てに関係性に関して新しい価値観が登場するのではないだろうか。どんな価値観かはまだわからないが。
この「やさしさの精神病理」で書かれた我々の世代は空気を読むことに専念し、相手も自分も傷つけない振舞いに心を砕き、そして自分探しに明け暮れて退場していくのだろうか。現状に対してそのような暗鬱な気持ちも抱かされたが、まさしく今を切り取った名著で、ここで取り上げられる様々な事例は、実に具体的で、読み返すごとに、自己に関して様々な発見があるように感じました。特にぬいぐるみ少年の話が好きです。ということでオススメの一冊。
(via raurublock)
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mongolbrazil @ashikenichi 私はね、吉朝師匠を信じているんです。私をこの世界に導いてくださった(と勝手に解釈してます)師匠を。だから師匠を愛してやまない彼のことを信じています。だから、おいやんも信じて待ちましょう。
とりあえず、この通りになった。よかった。
音楽と肌の色
Do I like music? she asks, What a bizarre question. Do I like music?
-Trezza Azzopardi, The Song House
ロンドンに来てから、かなり頻繁にライヴに足を運ぶようになりました。
理由は単純、日本よりもチケットが随分と割安で取りやすいのです。
ジャンルは様々、クラシックからR&Bからハウスからロックまで。
会場も野外だったり小さなライヴハウスだったりアリーナだったり。
もう去年のことになりますが、東ロンドンのAlexandra Palaceという会場でVampire Weekendを観ました。
最近どこに行っても誰に聞いても皆口を揃えて良い!と言うので、それだけこのバンドが魅力的なのは間違いないでしょう。けれど、ライヴでふと気がついたのが、客層がほぼ白人だったということ。
黒人は見渡す限りゼロ、アジア系とおぼしき人すら殆ど見かけませんでした。
私は差別主義者ではないので誤解のうまれない伝え方ができれば良いのですが、
音楽にはやはり、肌の色の影響があると思います。
勿論音楽には国境や人種を超えて作用する力があることも信じているけれども、歌詞つきの歌を例に取って言えば、受容が特定の人々に限られるというのは紛れもない事実でしょう。
そして、ロックという音楽ジャンルは特に、英語圏の白人によって生み出され、確立され、支配されてきたものなんじゃないかと思うのです。
音楽と肌の色の相関は、善悪や是非で語る問題ではなく、単に受け入れるべきことだと思います。
ジャマイカのレゲエがフィンランドで流行らないだとか、日本の演歌がルクセンブルクの人々に理解されないだとか、
そんなことは議論しても仕方のないこと。
音楽というのは文化の一端で、文化は人が創るもので、人には肌の色があります。
Vampire Weekendのメンバーはコロンビア大学の卒業生。ボーカルEzraの専攻は英文学でした。
そのバックグラウンドだけで彼らのすべてを理解した気になるのはあまりに早計ですが、彼らがエリートであることは確かです。
スラムで発展したヒップホップとは温床が違うのは当然。
私は彼らの音楽をあたたかいと感じるけれど、それをぬるいと哂う人たちだっているでしょう。
こんなことを考えていた時、もうひとつ私の頭に浮かんできたバンドがあります。
Kele Okerekeをフロントマンに据えたロンドン出身のBloc Partyです。
彼らの音楽も、ロックにカテゴライズされます。そして、Okerekeはロンドン大学で英文学を専攻していました。
彼はアフリカ移民二世の黒人、そしてバイセクシャルであることをカミングアウトしています。ヨーロッパ社会の中ではマイノリティの存在な訳です。そんな彼が自己表現として選んだのが白人の音楽・ロックであるということに私は不思議な音楽の力を感じざるを得ません。
いわく「日本には Hip Hopは根付かねぇ!日本人がラップするとはイケスカねぇ!」
RHYMESTERが歌っていたようなこんな偏見は、ありとあらゆる国や社会で、ありとあらゆるジャンルの音楽に対して蔓延していると思います。
でもそれに立ち向かい、自分の好きな音で、自分の信じる音で勝負する人たちもいます。
この街で、そんな人たちの生み出す音楽との出会いがまたあればいいなと思う今日この頃なのです。